退職祝いのプレゼントを紹介しています。退職される方のお名前やメッセージを彫刻した世界に一つのオリジナルギフトが人気です。文字を彫刻することで、いつまでも色あせることがありません。また、退職祝いのエピソードを紹介しています。

感謝の気持ちを贈りたいです

私は昨年まで25年間ずっと同じ会社に勤めていました。

高校を卒業してすぐに事務員として建設会社に勤務しました。

男の人ばかりで、気性が荒い人ばかりだったので怖かった思い出があります。女だからと言って失敗でもすれば容赦なく叱られました。

しかもみんなの前でヘルメットを投げられたこともあります。それくらいみんな仕事に真剣でしたし、仕事の厳しさを教えていただきました。そんな厳しい環境の中、いつも優しくて励ましてくれた現場作業員の方がいました。

落ち込んでいる私にお菓子を買ってくれたり、声をかけてくれたり、お父さんのような存在でした。

当時は40歳代の方で私は19歳でした。ベテランの作業員の方で、失敗ばかりする私は、いつもテキパキと仕事をこなすその方が輝いて見えました。

ずっと優しい方でした。昨年、私が病気で退職する時にもとても残念がってくれました。そんな方が、今週定年退職されるそうです。

ずっと支えてくれた方でした。今は私は会社に全く関係ないですが、退職祝いを持っていくつもりです。大きな花束を用意します。

おじいさんになった方に花なんて似合わないかなって思いましたが、やはり会社人生の最後は盛大な花が一番よく似合うと思うのです。

25年間自分が勤務できたのは間違いなくその方のおかげです。今度は私が感謝の気持ちを贈りたいです。

ずっと会社のために老体にムチうって生涯現役の作業員でした。尊敬と誇りの気持ちで会ってきます。

どうやって渡すかにこだわっています

会社で退職される方に退職祝いをお渡しします。

よくある贈り物として男性、女性、職位に関係なくお花を渡していました。

退職される方以外の方にメールを送り、賛同していただいた方の人数で割ります。現在従業員が60名程度ですが賛同される方は大体30人くらいです。お花が3000円前後なので一人100円程度です。

最近では退職のお祝いにお花を渡しても枯れてしまう、男性だとお花を貰っても困るということから、ほしいものを選ぶようになりました。

例えば、エグザイルが好きに人にはCDや洋服が好きな人にはマフラーや手袋などその人が好きなものに関連するものを渡していました。

直接本人に何が欲しいか聞くのも野暮なので中のいい人からさりげなく聞いてもらいプレゼントしたりもしました。

最近では、さりげなく欲しいものを聞いたり、何が欲しいか探ったりするのも面倒になったり、もし違ってたら迷惑になる場合もあるため、直接本人にお祝いは何がいい?と聞く事もしばしばあります。

でも皆さんはこれが欲しいとか、あれが欲しいとはなかなか言いづらいものようです。お祝いに渡すプレゼントを最終的に決めるのは上司が基本行います。私の部下が退職する際に面倒なので直接なにが欲しい?と聞いてもなかなか本当に欲しいものを言ってくれませんでした。

そもそもプレゼントはあくまで気持ちなので何でもいいのかなと思います。もちろんお花でも貰えるならそれはうれしいと思います。

私の部下には4つのQRコードを作成しました。それぞれのQRコードにアクセスすると商品が表示されます。本人も4つあるうち1つを自分で選ぶのでどんな商品であっても自分が選んだため何にも不満はいいません。

何を渡すのかよりも最近はどうやって渡すかについてこだわっています。

寄せ書きと花束を贈る

私が勤めていた職場では、

退職祝いとして寄せ書きと花束を贈ることが習慣化していました。

寄せ書きは、チームメンバーや仕事上で親しかった人たちからメッセージを募ります。寄せ書きといっても、通常のような色紙にメッセージが手書きされたものではありません。

私のいた会社はシステム開発会社だったため、各自がコンピュータからメッセージを入力し、それを冊子状のものに印刷します。それは普段仕事で頻繁に使用するもので、仕事から離れたら目にすることはありません。職場ならではの寄せ書きでした。

私が退職する時、このメッセージが一番楽しみでした。

一緒に働いていた時には聞けなかった本音を結構知ることができるのです。

同僚、上司、後輩、同期がこんな風に私のことを思ってくれていたんだなと感慨深いです。すでに辞めていた後輩からのメッセージも代理入力されていて嬉しかったことを覚えています。

見た目は手書きの色紙に比べて地味ですが、すごく大切な寄せ書きです。もう一つの大切な贈り物である花束は、私が手配するときは花束ではなくカゴに入ったアレンジメントを注文していました。

花束と違って、帰宅後に花瓶へ入れ替える手間がないし、そのまま机などに置いておけるからです。これが意外と評判で、今ではアレンジメントタイプが主流になっています。

もちろん私の時もそうでした。でも、1か月もたたないうちに枯れてしまうので、やっぱりメッセージの冊子が最高です。

気持ち良い最後を迎えられた

先日退職をしました。

決して円満退社という形ではありませんでしたが、送別会を開いて頂いた際にとても気持ち良い最後を迎えることができました。

ここではその送別会のエピソードを書いていきたいと思います。

送別会は和風居酒屋で開催していただきました。会場につくとすでにみなさんお集まりになって頂いており、中心の席へ通していただきました。席の周りには普段あまり話さないものの仲の良いスタッフの方々が陣取ってくれていました。

直属の上司や部下などよりも話す機会が少なかった分、そのような配慮をいただきありがたかったです。また、私が席を外しお手洗いに行くたびに少しづつ人が入れ替わっていて、色々な人とお話ができたこともよい機会となりました。

会も盛り上がり終盤には退職祝いの品々をいただきました。高級な筆記具をいただき、またそれを選定した際の皆様の繊細な心配りのエピソードなど教えていただき感激いたしました。

それに加えイラスト付きの寄せ書きをいただき、またそのイラストを皆で見て会はいっそう盛り上がり、心温まりました。

最後には花束をいただき、私のイメージで花束をしつらえていただいたことを知り感動いたしました。

それぞれお祝いの品々をいただく際、温かい言葉を送ってくださり大変気持ちよく会社を辞めることができました。

そして最後には退職理由に関しても会社側で今後改善していただけるよう、後輩たちが気持ちよく働けるよう動いてくれることを聞き、ほっと胸をなでおろしました。すばらしい職場をありがとう。

これからの新たな人生にわくわく

初めて入社した会社に定年まで続けて働くという人は、最近少なくなってきたと思います。

定年以外で転勤や独立、リストラ、寿退社やおめでた退社などいろんなかたちで会社を辞められる方も多いと思います。

この間、

私の伯母が退職した時に家族が集まって退職祝いをしました。

その会社で30年勤めた伯母は、会社の中でもかなり勤続年数が長い方でした、そしてたくさんの人から好かれていたのだという事がよくわかりました。

伯母の家でみんなでご飯を作ってお祝いをすることになったのですが、伯母はそれまでも、退職すると会社に言ってから2週間ほど毎日パーティーで、いろんな方にお祝いをしてもらっていたそうです。

その日も家に行くと、一つの部屋がお祝いでもらったたくさんのプレゼントやお花などで埋め尽くされていました。そして何枚もの寄せ書きなどを見て、伯母の人望の厚さを感じました。

プレゼントはプリザードフラワーや高級なワインやお菓子、旅行券や洋服、ぬいぐるみなど他にもいろんな物をもらっていました。

中でも身長ぐらいの高さがある大きな花束がいくつもあって、花束ににはいろんな人から、伯母が退職してしまう寂しい気持ちや、お世話になった挨拶の言葉などのたくさんのメッセージカードが添えられていました。

だいたい一人3000円くらいでしょうか?よく知るひとや単独で贈られてきたのもは何万円もする物をもらっていたように思います。

そして

家族でしたお祝いが伯母にとって最後の退職のお祝いになったのですが、会社を辞めたことよりも これからの新たな人生にわくわくしているようでした。

お礼の気持ちを込めて贈るお祝い

今までお仕事でお世話になっていた方が定年退職されると聞いて、

上司なら、これからは自分たちも一線に立って仕事出来るようにならなければと改めて気を引き締めたり、同僚の寿退社なら、さみしいような、別れを惜しみたくなる気持ちが出てくる反面、立派な奥さんになるんだよと背中を押したくなる気持ちも出てきます。

そんな、その人の新たな第一歩を迎える機会に、何か出来る事はないだろうかと考えたりもします。その時に、ありがとうの感謝の気持ちを込めて、何か退職祝いが贈れたらなと思うわけです。

退職される方がいらして、その方へのお礼の気持ちを込めて贈るお祝い。どういった物を贈るといいのだろうといつも悩みます。

辞められる方の退職理由によっても、贈るものが変わりますよね。例えば、結婚を期に辞められるというのと、定年を迎えて辞められるのか?

結婚によるものなら、新しい生活に使えそうな物を贈れますが、定年となると本当に何を贈れば良いか悩みます。

私が寿退社した時に、同じ職場の方から、写真立てをいただきました。結婚して子供が出来た時にという事で、写真が2枚入る写真立てをいただきました。

写真立てというものはそんなに買うこともなかったのでありがたかったです。もうすぐ8年になりますが、未だにその写真たてを使い続けています。

定年を迎えた人にも、もしかしたら写真たてが良いかもしれませんね。お孫さんの写真でも入れてもらえればというような感じで贈るのもいいかもしれませんね。

60歳の定年で辞めるのが夢でした

私は昨年までずっと同じ会社で20年以上勤務していました。

大好きな仕事でしたし、結婚しても出産してもずっと仕事は続けようと頑張ってきました。子供が小さいころは本当に両立が大変で、何度もやめようと思いましたが、そんな時に同僚の人や上司に支えられて頑張ってきました。

60歳の定年までずっとこの会社で勤めあげて定年で辞めるのが夢でした。

ところが昨年、体調をくずし入院しました。詳しい検査の結果、脳の難病であることがわかりました。すぐに仕事に復帰できると思っていたわたしはショックで、どうしていいのかわかりませんでした。

でも、会社に迷惑をかけたくなくて思い切って退職届を提出しました。社長さんはじめいろいろな方に反対されましたが。最終的には受理されて退職することになりました。もうふっきれたていたので、今後は自分の体と家族、子供のために生きて行こうと決めました。

そんな私の気持ちを理解してくれ、盛大な退職祝いをみなさんにしていただきました。寄せ書き、花束、記念品。まるで定年退職のような豪華さでした。

ずっと夢だった退職でしたが、途中でこんな形で辞めることになって申し訳ない気持ちでいっぱいです。でも結局その後辛い治療もはじまりました。仕事とは両立はできなかったでしょう。

家族からもお祝いをいただきました。特に実家の母はいままで御苦労さまって涙を流していました。

みんなに祝福されて治療に専念できます。これからも仕事で得た知識を活かし、またいつか仕事がしてみたいです。

俺は60歳過ぎたら働かない

私の父は公務員でした。本当にお堅くて、学校などに呼ばれて講演をしても謝礼は役所にきちんと渡し、部下からであっても、お中元・お歳暮は決して受け取らない、根っからの公僕でした。

仕事ぶりもまじめで、法令順守、交通違反さえ起こさないような人でした。だから、父の口癖は「俺は60歳過ぎたら働かない」でした。

私たち家族も、働きづめに働いてきた父を見ていたので、

定年後はゆっくりするといいなと心から思っていました。

母も、父が定年を迎えたら一緒に温泉でも行こうと楽しみにしていたようでした。でも、父は定年を待たずに心筋梗塞であっけなく亡くなってしまいました。昼となく夜となく働いていた父は身体が限界だったのでしょう。56歳でした。

そう、父には退職祝いをしてあげることができなかったのです。退職したら、父と母に温泉旅行をプレゼントする予定でした。私と姉はそのつもりでお金もちょっとずつ用意していたのに。父を旅行に連れて行ってあげることはできなくなってしまいました。

だから、私たちは父にプレゼントできなかったお祝いを母にプレゼントすることにしました。母は思いがけず妻を退職してしまったのですから・・・。父に見せてあげたかった景色を母と姉と3人で見て回りました。

紅葉の田沢湖、八幡平、真っ白なお湯で有名な乳頭温泉郷などなど。思えば、家族旅行なんてこれが初めてだったかもしれません。赤に黄色、ところどころ茶褐色になっている紅葉を心から楽しみました。

とてもとてもきれいで、父がなくなった悲しみを一瞬忘れることができました。本当はみんなで行きたかったけれど、女3人の家族旅行もそれはそれで楽しかったです。

思いがけない退職祝い、私にとっても大切な思い出です。

社長から私への送別品だったのかな

私はこれまで退職祝いを差し上げたことも頂いたこともあります。

従業員全員から贈るものの他に、特に親しかった方には個人的にお渡しすることもありました。お祝いを個人的に渡そうとするくらいですから、それなりに親しい人間関係が出来ているので趣味や家庭環境に応じていろいろ考えて品物を選んでいます。

一人は退職される直前に体を壊し、入院生活を余儀なくされた方で、その人には退職後の暇つぶしと健康つくりを兼ねてなにか運動をするようにとトレーニングウェア一式を差し上げました。これは大層喜んでもらうことが出来て、まずは形から入ることが大切だと笑っていたのが印象的でした。

その人はいまでは市民マラソンに出場するまでになり、私の気遣いも少しは役に立ったかなと思っています。

一方、私が退職する立場になり、お祝いを頂いたことも実は複数回あります。何度か転職を経験しているからです。若い頃に頂いたお祝いは金券でした。やはり若い時にはお金がないだろうという気遣いをしてくれたもので、事実退職金も微々たるものでお金がありませんでしたからこの時の金券は私の無職生活をとても助けてくれました。

また他の会社を退職した時に頂いたのはなんと車でした。その会社を辞めるときはいろいろな事情があって、会社で保有していて使う頻度が低かった1台を譲り受けることになりました。

他に退職金は規定通りきちんと支払われましたので、あれはやはり冗談ぽく言っていましたが、

社長から私への退職祝いだったのかなと思うことにしています。

退職の際にはその会社での立ち位置がわかるものです。思い出深い時もそうでない時もあり、人それぞれです。

仲間に出会えていい人生だった

私は

昨年25年間勤務した会社を退職しました。45歳でした。

まだまだ定年まで働くつもりでした。高校を卒業してからずっと頑張ってきたからです。最後はベテランの域で退職しましたが、最初は失敗ばかりで何度やめようと思ったことか。

そんな時に今の先輩方にはげまされ、支えられ、泣きながら仕事をした時もありました。同僚もたくさんいましたが、さまざまな理由で退職していきました。残ったのはわたしだけでした。

それだけきつい仕事でしたし、厳しい職場だったのです。両親もそんな会社で働くわたしを心配しつつ応援してくれました。一番の続いた理由は、トップの経営者の方が魅力的だったからでしょうか。

カリスマ性があるおじいさんでした。偉い人なのに社員にはとてもフレンドリーでよく食事も一緒にさせていただきました。この人のためならとがむしゃらに仕事してきたように思います。

今では亡くなってしまわれましたが遺志を受け継いだ社員はたくさんいました。その中のわたしもひとりでしたね。でも昨年大病が発覚し、長期入院を体験しました。そのため泣く泣く退職したのです。

盛大な送別会を開いていただき、本当にこの会社に入れて、一緒に仕事した仲間に出会えていい人生だったと感謝しています。

辞めた人がたくさんの退職祝いを持ってきてくれました。もちろん在職している方も。

そして亡くなられた尊敬する元会長の家族の方からも花束が届きました。それを見た時号泣しましたね。天国から見ていてくれたようで涙が止まりませんでした。