退職祝いのプレゼントを紹介しています。退職される方のお名前やメッセージを彫刻した世界に一つのオリジナルギフトが人気です。文字を彫刻することで、いつまでも色あせることがありません。また、退職祝いのエピソードを紹介しています。

みんなでお疲れさまと言いました


父が退職したのは、父が70歳を迎えてすぐのことで、


周りの方に比べるとわりかし遅めだったかもしれません。ずいぶんと仕事一筋に、一生懸命にやってきた父でしたので、無事に退職をしたときは、家族みんなでほっとしましたし、どうかあとはゆっくり静かな老後を過ごしてほしいと思ったものです。

父の退職祝いについては、兄と姉と私の3人兄弟でいろいろと考えました。退職した後の老後はじっくりとイタリア語を勉強したいと言っていた父のために、勉強机と椅子を新たに買ってはどうだろうかという意見もありました。

しかし、私たちは結局、そうした「モノ」を買ってもあまり父は喜ばないだろうということで、父と母とを招待した温泉旅行にいくことにしました。

山形県の天童市にある老舗のこじんまりとした温泉宿に、父と母と、兄の家族、姉の家族と私の家族と、総勢11名で1泊2日の温泉旅行でした。宿はインターネットで調べ、事前に電話で打ち合わせもしました。あまり大きな宿でワイワイやるよりも、ちょっと静かでのんびりできるほうが父の御祝いには向いているように思いました。

父も母も温泉は好きだったので、とてもよい旅行になりました。宿も大きすぎず、人も多すぎず、上品で静かでした。

夕食には父の好きな赤ワインを飲みながら、みんなでお疲れさまと言いました。

おっちょこちょいな父の失敗談はたくさんあり、少し酔いながらみんなに仕事の失敗談を笑いながら話す父は、とても楽しそうでした。とくに贅沢をしたわけではありませんが、こじんまりとした温泉ということで、気が楽で、家族の時間がゆっくりとしていて、とてもよかったことを記憶しています。

お祝いですがこんな話あるんですね

私は

退職祝い関しまして、不思議というかこんなこともあるんだなって思う話を聞いたことがあリます。


私の付き合いの長い友人の話です。

あれは、彼女が初めて看護師として個人病院で勤務した時の事です。当初、看護学校を出て初めて社会人として働きだし毎日必死に仕事を覚えていました。総合病院と違い、様々な人が一緒に仕事をしていました。若い准看護師の方もいましたし、パートで働く年配の方もいました。彼女は様々な方、約30名の同僚とそれなりに上手くやっていました。

しかし、上手くやっていると思っていたのは、彼女だけだったのでしょう。気が付くと、数か月に何名かは仕事を辞めていく現状に気がつきました。それも、彼女から見て仕事が出来る方たちばかりが姿を消していくのです。

人が辞めていく度に、退職祝いの大きな花束が病院から用意されていました。そして、なんとなく腑に落ちない感じでそれを受け取る退職者。

そんな日々を送るうちに、6年が過ぎ、彼女もかなりの仕事を任されるようになりました。そしてお給料も高くなりました。順風満帆な感じでした。そんなある日彼女は病院の理事長に呼ばれました。

そこでは、思ってもいないことを告げられました。君は仕事もよく出来て病院には必要な人材だが、周りの同僚が厳しい仕事内容についていけないので、君の存在が窮屈に感じている。つまりは、紹介する病院に転職してほしいというものでした。

そうです、彼女も、あの腑に落ちない退職祝いの大きな花束を受け取ることになったのです。今思えば、高い給料をもっていく人材は不必要という事だったのでしょう。彼女は、今は総合病院であの頃よりレベルの高い仕事、お給料に満足しています。

お祝いは気持ちの問題

ここ数年退職者が増えています。

そしてこれからも、増えていくのだけれどもそこで発生するのが退職祝いです。さてさて、そんな退職祝いですがそれが結構悩むもの。

商品券や、ちょっとした家電に時計と色々ありますが最近では植物なんかもプレゼントしています。貰って嬉しい物は、当然ですが皆さんそれぞれ違いますから、その方のプライベートに合わせるような品物が良いのではと常々思っています。

また、忘れることなく使って頂ける物や、飾って頂ける物なんかも良いと思います。そんな定番を少し外れて、最近は植物になりました。育てて大きくなるような観葉植物です。毎日毎日お世話をしながら、その成長が楽しみになり、そしてその成長が職場や仲間達を思い出すのではと思い考えたプレゼントです。

その観葉植物をプレゼントした時は、ごく普通に喜んでくれましたが、成長するにつれてその喜びも増大していたみたいですし、顔を合わす度にその話題が出てきます。『頂いたものは、だいぶ大きくなったよ』そんな言葉は、プレゼントした私にとっても本当に嬉しいものです。

職場で育てた思い出を思い出しながら・・・長い間、貢献して会社や従業員を育ててくれましたから、第二の人生は、それを思い出しながら育てる楽しみを違う形で感じてほしいです。

退職祝いは、やっぱり気持ちの問題だと思います。

自分達の気持ちをどのように伝えるのか?そこは絶えず悩むものです。そんな悩みは心地良いですし、通常の仕事の悩みよりも・・・深く考えているかもしれませんね。

家族が素敵なお祝いをしてもらった

私の家族のなかに2人退職をした人がいます。

まずは、私の父です。何十年も勤めた公的機関を退職した時に、家族でお祝いをしました。父の好きな食べ物などを料理して、今までの感謝をこめて、家族で一緒に食事をしたというお祝いでした。

食卓に花を飾って精一杯雰囲気を盛り上げました。父は他の退職した人たちと一緒に、「祝う会」のようなものに参加していました。長年勤務した職場ということで、父も寂しい気持ちだったと思います。

特に父は仕事が好きですので、そのような気持ちが強かった感じがします。しかし、父はその職場を辞めてからも、次の仕事にチャレンジしていますので、好きな仕事がいつまでも続けられればと、私は思っています。

また、私の姉も長年勤めていた会社を結婚後に退職しました。姉は、姉の夫である人から、お祝いにジュエリーをプレゼントしてもらったそうです。姉が欲しかった指輪だったので、姉はとても嬉しかったと言っていました。

そして、今までよく頑張りましたというようなメッセージカードも、添えられていたそうです。姉は良い人と結婚してよかったと、私は思いました。姉も職場の人から、お祝いのパーティーのようなことをしてもらったそうです。

そして、記念品として職場の人が少しずつお金を出し合って買った物をプレゼントしてもらったそうです。それは、アンティークな感じの置物だったと聞いています。

私の家族のそれぞれの人が、思い出深い退職祝いをしてもらって良かったと思いました。

自分のことを思い出してもらえる

今年の3月31日付で、30年間務めた職場を辞めました。

それに際し、職場の同僚から、お花や、温かい言葉を退職祝いとしていただきました。

定年まであと10年を残してのことだったため、「まだ、10年早いわ。」と言われる言葉も温かく聞こえました。寄せ書きや、小物や、洋ランを送ってくださる方もおられました。退職後、開業することもあり、両方のお祝いもいただき、ありがたいことばっかりで、人の温かさを感じました。

お返しの品をする時、どうしてもスーパーなどで売っている使い出のあるものになってしまいましたが、よく考えると、もっと意味のあるものがなかったのかと思いました。

「自分では、お金を出して、わざわざ買わないけれど、
もらってうれしいもの」


は何かなぁと考えるとき、絵なんかはどうだろうか?

その人の好き嫌いはあるでしょうが、玄関とは言わないけれど、トイレとか、家のちょっとしたスペースに、目をやるとほっとするような、ミニ額に入った絵があると、心の栄養になりますし、来客があっても、趣味が良いと思われるかもしれないし、いつまでも記念に残るので、自分のことを思い出してもらえるでしょう。

それが一点ものだと後々値打ちが出るかもしれないといった楽しみも出来ると考えています。

ということで、いただいたものの金額にもよりますが、出来ることなら今後は、絵を贈り物やお返しにお贈りしようと思います。版画なんかは、何枚も刷れるので、割とお安く手に入ります。また、ポストカードやカレンダーなんかも印刷ものですが、楽しいと思います。

頑張って25年間勤めてきました

私は、

高校を卒業してから、ずっと同じ建設会社で経理事務員として働いていました。

当時の女性社員は、寿退社をする時代でしたが、私は、この会社と仕事が大好きでしたので、辞めようとは思いませんでした。ずっと続けていこうと決めていました。

しかし、いざ会社に復職しても、圧倒的に男性社員が多い職場でしたので、環境はとっても悪かったです。女性に対しての配慮は全くありませんでしたし、自分の仕事は自分しかできないので、子供が熱を出して休んでも、休日に出社し、休んだ分の仕事をカバーするような、綱渡り的なハードな毎日でした。

何度も、挫折しやめようと思ったこともありました。でも、私から仕事をとったら、自分ではなくなるような気がして、頑張って25年間勤めてきました。

3人の子供を育て、一番下の子がやっと中学生になりました。やっと、夕方もゆっくり買い物に行けて、自分の時間がとれると安心したのも、束の間、突然、病に倒れました。くも膜下出血で長期入院をしました。すぐに仕事に復帰するつもりでしたが、体調は戻らず、昨年、退職しました。

会社には辞めないでほしいと言われましたが、せっかく助かった命です。今度は家族のために時間を作りたいと考えるようになりました。

わたしのために盛大な送別会を開いていただきました。社員全員のカンパで集まったお金で、

見事な花束の退職祝いをいただきました。

思わず涙があふれました。この会社で勤務できて私は本当に幸せものでした。

日本的な勤続という風習

退職祝いと一口に言いますが、

お子さんやお孫さんから、お父さんやお母さんへの贈り物、おじいちゃんやおばあちゃんへの贈り物の場合もあるでしょう。会社の先輩への贈り物、お世話になった方への贈り物など様々です。

お父さんやお母さんでしたら、勤続何十年!風の日も雨の日も、辛かった日もあると思います。くじけそうなったこともあると思います。それでも家族のために、いや自分のためだったのかもしれませんが、一生懸命働いてくれました。そのことへの労わりが一番大事だと思います。すべては感謝と御礼につきるのではないでしょうか。

会社の先輩でしたら、私たちの知らないときからの勤続になるわけで、会社には計り知れない想いがあると思います。あんなこと、そんなこと、今となってはいい思い出でも、当時は夜も眠れないような出来事があったと思います。

ご家族からのプレゼントとは違って、会社・後輩・仲間からの最後のプレゼントになります。様々な想いを推し量っての贈り物です。お世話になった方への贈り物は、ただただ尊敬のお気持ちと御礼につきると思います。

世の中には色々なお祝いがありますが、退職祝いってすさまじい何かを感じるときがあります。お祝いの記念品を作成している当工房の感想です。そう感じるのは日本的な勤続という風習があるからだと思います。

最近では転職も頻繁に行われるようになったので、そいったすさまじさは少なくなっていくのかも知れません!この世間話では、

そういった退職祝いにまつわる様々な世間話を紹介していきたいと考えています。