定年退職祝いのプレゼントを紹介しています。定年退職される方のお名前やメッセージを彫刻した世界に一つのオリジナルギフトが人気です。文字を彫刻することで、いつまでも色あせることがありません。また、定年退職祝いのエピソードを紹介しています。

思わぬサプライズプレゼント

私の父親が定年退職を迎えたとき、何かお祝いをしたいと思いました。

プレゼントをと考えたのですが、とくに欲しいものを聞いても「ない」と言います。そこで、父には内緒で、特製のアルバムをつくることにしました。

古いアルバムに収められた写真や、あるいはアルバムに貼られずに、ばらばらに保管されていた父の写真を整理して、きちんとまとめることにしたのです。

きょうだいみんなで古い写真を整理して、「ここに写っているのは誰?」「これはいつの写真だったっけ?」とあれやこれやと話をしながらまとめました。

そして、デパートで丈夫そうなつくりのアルバムを購入し、写真を一枚ずつ、ていねいに貼り込んでいきました。

できあがったアルバムには、「今までありがとう。これからもよろしくね」と、家族からのコメントやイラストを描いた寄せ書きも添えました。

仕上げにきれいにラッピングをして、

定年退職祝いの席で贈りました。思わぬサプライズプレゼント、父は包みを開けて、とても喜んでくれました。そして、思い出話に花が咲きました。

このアルバムを作った当時、父にとって孫はみな赤ちゃんでしたが、いずれこれを見れば、孫たちにもおじいちゃんの歩んできた人生がよくわかる、というものができあがりました。

そして何より、これを作ったことによって、私たちきょうだいが、父の人生をさらによく知ることができたのが収穫だったと思います。

最近は写真専門店で、フォトブックという写真集のようなものも、手軽に作れるようになったそうですね。でも手作り感満載のアルバムも、それはそれで、味があっていいと思います。

定年後は奥様とお茶の時間を

入社当時からお世話になった上司が定年退職する時に退職祝いを職場から贈りました。

女性社員が結婚や出産で退職する時は同僚から物を贈っていましたが、男性社員の定年退職で物は、それまでは贈ったことがありませんでした。しかし、その方は本当にとても素敵な方で部下一同しても慕っていましたので、全員意見一致で何かプレゼントしようということに決まりました。

20代~30代の女性社員から60歳の定年退職する男性上司への贈りものです。どのようなものがいいか全く見当がつきませんでした。当時、私は一番年下で、何もわからなかったので、全て先輩方にお任せしてしましまいましたが、とてもいいものを選んでくれました。

それはペアのマグカップです。マグカップと聞くと、ありふれているイメージですが、上司はミルクティーが好きで毎日飲んでいました。珈琲ではなく紅茶派で、紅茶の中でもミルクティーが好きなようでした。私達から見て、こんな言い方は失礼ですが『可愛らしい方』でした。

奥様とも、とても仲良しのようでしたので、退職して時間にゆとりができたら、奥様と一緒にお茶の時間を楽しんでもらいたいという皆からの気持ちを込めて贈りました。

とても素敵なデザインの物を選んでくれたので先輩達にお任せしてよかったと思っています。上司は定年を迎え会社を卒業され、数カ月間は仕事をしないでご自宅でゆっくりと過ごされたようです。きっと私達からの贈りものでご夫婦でお茶もしてくれたことでしょう。

そして数カ月後、関連会社でお仕事をされるようになり、頻繁に私達の職場へ顔を出してくださるようになりお元気な姿も拝見できて嬉しかったです。

後輩に感謝するとともに脱帽

退職、特に定年って、人生の一大イベントですよね。私が34年間勤めて、60歳で定年退職した時のことを書きます。

職場の後輩が中心になって、お祝い会を開いてくれました。いろんな人に会の開催をお知らせして参加を募り、会場を予約して、プログラムを作り、遠く離れた所にいる人にはメッセージをお願いして、会が盛り上がるように心を砕いてくれました。

当日は、退職祝いの花束がたくさん。かつて一緒に仕事をして、今は遠くの支社にいる人たちが、それぞれにメッセージを送ってくれたのですが、中には花束までくださった方が何人かいらしたのです。ああ、この方も、あの方も・・、と懐かしさでいっぱい。かつての私の仕事仲間(同僚、後輩、先輩まで)をよくここまで調べて連絡してくれたと、会を企画した後輩に感謝するとともに、その手腕にも脱帽したものです。

退職祝いの記念品は、とても素敵なコーヒーカップでした。ヘレンドというブランドの、アポニーグリーンシリーズの一客。美しい緑色で描かれた花柄が気品高く、とてもエレガントで、大きさもほどよい、本当にすばらしいコーヒーカップでした。私のコーヒー好きを知っている後輩の選択です。コーヒー好き・・つまり、これからも毎日、コーヒーを飲むわけですよね。

退職して、毎日が日曜日。好きなコーヒーをゆ~ったりのんびり楽しむときに、毎日使えるコーヒーカップ。記念品が、毎日使えるものだなんて、なんとナイスな選択なのでしょう。この選択眼にも、脱帽です。

すばらしい後輩、同僚、先輩たちを持って、幸せな職業人生だったなーと、そのコーヒーカップを使うたびに思います。

定年後は自分の時間を大切に


昨年、長年会社勤めをした母が定年退職しました。


私たち兄弟を大学まで行かせてくれて大きくしてくれたこと。若いころにはそれが当たり前と思っていたけれど、自分も親になってその当たり前と言われることがどれだけ大変か知ることができています。体力的にも精神的にも、そしてなにより経済的に、子供を育てるということは大変なことなのです。

でも、それ以上にそれらの苦労をはるかに上回る愛情があるからこそ、育てられるのですが。

母は欲しいものはなんでも自分で買ってしまう人なので、退職祝いのプレゼントが思いつきませんでした。そして、夫と相談してしゃぶしゃぶコースをみんなで食べに行くことにしました。子供たちも一緒だったのでにぎやかでなかなか落ち着いた雰囲気にはなれなかったけれど、おいしい食事と完璧な接客。とても楽しい時間になりました。

何十年と続いた会社員としての人生には、いろいろなことがあったと思います。楽しいこともつらいこともあったと思います。私には到底想像がつかないことだけれど、これからは親孝行をしたいと思うし、定年後は母には自分の時間を大切にして好きなことをして生きて行ってもらいたいです。

でも、じっとしていられないタイプの母は、新しいパートに行くそうです。知り合いの方から声をかけてもらったようで、「まだまだ身体が元気なうちは働くわ!」と笑っている母が私は大好きなのです。無理をしすぎずこれからも元気でいてほしいと思っています。

お世話になった上司へ定年祝い

かつて会社勤めをしていた私は、結婚を機に退職しましたが、数年後、

在職中にお世話になった上司が定年退職することを昔の同僚から聞きました。

「何かのお祝いをしてあげたいな、でも、私も会社をやめてだいぶ経つし、大げさなことをするのもちょっと…」と思いました。色々考えたあげく、フラワーバスケットを贈ることにしました。

その上司は当時、とても立派なお宅にお住まいだと聞いていました。私は直接伺ったことはないのですが、きれいなお庭のある素敵なおうちということでした。それを思い出し、「お花がいいな」と思ったのです。

退職前後というのは、送別会などで、花束をたくさんもらうであろうことはわかっていました。でも切り花はまもなく枯れてしまいます。

そこで、かわいい籐のカゴに、花の苗をいくつか選び、組み合わせてバスケットにしようと思いつきました。苗だったら、お庭に植えれば長く楽しむこともできます。定年退職されて、時間ができれば、お庭で過ごす時間も増えるかもしれません。

そう思い、花屋さんに出かけて、スタッフの方に相談してみました。育てるのにそれほど手間がかからないもの。これからの季節に長く花が楽しめるもの。いろいろ希望を伝えて、それに見合ったものを見つくろってもらいました。

そしてカゴにまとめてもらい、リボンでしゃれたラッピングをしてもらうと、素敵なギフトになりました。メッセージを書いたカードをつけ、宅配便で送る手配をしてもらって、ひと安心。気に入って下さるといいなぁ…と思っていました。

その後しばらくして、その上司から丁寧なお礼状をいただきました。

「お花はたくさんいただいたけど、苗の贈り物は初めてです。嬉しかったよ、大切に育てます。ありがとう」

と書いてありました。喜んでいただけて良かったなと、こちらも嬉しくなりました。

定年退職される先輩へ心づくし

大先輩の後釜として、勤めていた私立学校の中で私は教科を変更し、その大先輩の教科を引き継ぐことになりました。教科の変更は内示を受けてほぼ決定していたのですが、それが大先輩の定年退職によって変更できた、ということはそのときまで知りませんでした。

卒業式前の連休に大先輩の退職祝いとして、私が4月から入る教科の先生たちを中心に計画が立てられ、一緒に温泉旅行に行きました。

車で行くと2時間弱の温泉郷なので、土日の旅行としては近場でいい感じでした。ここで学んだことは今でも印象に残っています。

地元では屈指の温泉郷ですが、選んだお宿も中でも一番のところ。宴会場としてお部屋の一部を利用したのですが、出てくるお料理がとてもすばらしかったです。お造り、お刺身、鍋料理など、どれをとってもすばらしかったです。


定年退職のお祝いは仲間の宴会であっても心をつくす、ということを感じました。


教員という職業柄もあるのかもしれませんが、人に対する気持ちの遣い方とねぎらいの仕方が、とても心がこもっていました。

私はそのときは社会人1年目が終わろうとしていたので、毎日のことを処理するのが精一杯でした。自分のことしかできなかったのです。でも、他の先輩たちは大先輩の定年退職にこのようなお祝いの宴を企画して、しかも一流といえるような宿と晩の宴を持つことで、敬意を払おうとしているということに驚くとともに、すばらしいな、と思いました。

定年退職という場面だかららこそ、精一杯のハレの宴にすることが、社会の中での大きなその人へのねぎらいになる、ということを学びました。

定年退職祝いは心づくしそのものです。

定年祝いは日本的な思いやりの心


職場で同僚や職場の仲間から退職祝いの品をあげることについてはきわめて日本的な慣習だと思います。


入社式が春にあったように、退社式があるのか、というとありません。定年退職というのはあるその会社の定められた年齢になったら次の日からは職場に来ない、退職となるのです。

節目の儀式が好きな日本人にとって、その儀式的なものがないかわりに同僚からその人に対して贈り物をする、というのが退職祝いとしてのプレゼントの品になっていったのかもしれません。

そのような日本的なお祝いについてこれもまた日本的なやり方だと思ったのは父が受け取ったお祝いの置時計です。

全国的に知られている会社ですから、組合などの予算に退職の記念品を贈るシステムになっているのでしょう。

しっかりと置時計の下には会社名が記されていました。その置時計は会社からなのですが、お祝いとして賛同した人たちの名前、というのもリストとして一緒に送られました。

後日私はそのリストをこっそり見たのですが、会社の全国規模に対しそんなに多くない人々の名前がありました。

ざっと見て三十から四十人くらいだったと思います。そこには全国各地の支部の名前と賛同した人の個人名がありました。

その会社に三十年くらい勤めていたので、七ヶ所くらい父は赴任していました。その支部の中に振り出しのところ、つまり最初に赴任したところや、今まで転勤で行ったところの支部に現在勤めていらっしゃる方の名前がありました。

組合からお願いがあったのかも知れませんが、お祝いに賛同する、という趣旨に心から名を連ねていただいた方のお気持ちがなんともいえない気がしました。

退職には節目の儀式がない、きわめてユニークな慣習ですが、日本の思いやりの心があることを感じました。

定年まで働いた人をねぎらう

定年退職祝いは定年まで働いた人をねぎらうためにとても大切なことだと思います。

また、人それぞれいろいろな思いをもって贈られると思います。

子供から親へ贈る場合もあれば、部下から上司へ贈る場合などまた、夫婦間で、親族同士でなど立場や思い出を織り交ぜながらパターンもさまざまです。

私自身は父親が定年退職したときに何か物ではなくお祝いとして沖縄旅行をプレゼントしました。

時代的にも週休二日ではなく週一日の休みで何十年も働いてきたので泊りがけでゆっくり休むこともなかったので旅行のようなお祝いが一番いいのではないかと思いました。

私自身は旅行には同行できませんでしたが沖縄旅行を十分に楽しんだようでした。

最初はあまり乗り気でなくやっと終わった仕事なので旅行などに行かずにしばらく家でゆっくりしたかったようですが、旅行に行ってしまうとぜんぜんそんなことはすっかり忘れて喜んでくれたようでした。

ただ私としては退職祝いの会のように実家を出ている家族もみんなで集まって何か催しもしてあげればよかったかなと後で思いました。

定年退職というのはやはり大きな安堵感もありますが、喪失感や落ち着かなさといったものも感じるものだと思います。

お祝いの一時期的なものだけでなくそれ以降も何かとかかわりを持つようにするのも大切だと思います。

これからもいろいろな人の退職を祝っていくだろうし、私自身も必ず来ます。人生の大切な一ページとして思い出深いものであればと思います。

お疲れ様と言ってあげて下さい

長い間企業のため、家族のため、そして自分のために一生懸命働いてきた父が退職した時、お疲れさまの気持ちを込めて、お祝いに時計を贈りました。

かねてから欲しがっていた時計です。それまで腕にはめていた時計はきっと若い時に買って、何十年も左腕で活躍していた愛着のあるものだったと思います。

だんだんその時計がくたびれてきたのを見て、お祝いにプレゼントしようと思っていたのです。

父はびっくりしました。外国の時計だったからです。父は外国製はいらないと言いました。高いものをつけても似合わないと言いました。

けれど、父のためにずっと探していた時計は父のものです。いらないと言いながら、そっと箱を開けて見ていたのを知っています。

なんだ、恥ずかしいからなんだと思いました。母からも聞きました。父は苦労して学校を出て会社に就職が決まった時、何もなかったそうです。

背広も靴もなにもかも、人からもらったものだと言っていました。たぶん今までしていた時計は、父が初めてお給料をもらった時に買ったものです。

何十年も父の腕で人生を見ていたのだと思うと、父と一緒にお疲れさまと言いたい気持ちでした。

退職という人生の節目を迎えて、再び新しい時計と出会って、これからどんな人生を刻んでいくのか、それもとても興味深いです。

多くの人がいつか経験する退職という瞬間、人生の一区切りを迎える瞬間には、やはりお祝いをしてあげることが必要なのだと思います。

そして、その時には退職祝いを贈ってお疲れ様を言ってあげて下さい。

母へ感謝の気持ちを伝えたい

来年の春で母親が長年勤めていた仕事を退職します。

母は22歳の時に教師になり、60歳になるまで働き続けてきました。私たち兄弟3人を生み、祖父母とは同居で手伝ってもらったとはいえ、ずっと忙しかったと思います。

7年前に夫である父が突然53歳の若さで病死してしまったのですが、一ヶ月後には仕事復帰し気丈に家族を支えてくれました。

そんな母は強い女性だと思いますし、育ってきた家庭環境が複雑で強くなければいけなかった悲しさも感じます。

来年で退職するので、その後はゆっくりと自分の時間を持ってほしいです。退職祝いとして兄弟三人、そして私の旦那、娘で集まり、お祝いをしたいと思います。

私たち兄弟は日ごろ母親に親孝行していないので、近場の温泉旅行にでも連れていってあげたいと思っています思います。

また、お祝いとしてプレゼントを渡したいです。お金に余裕はあるのに質素な生活をしてきて、ブランド物一つも持たなかった母親に、高級なバッグか財布などをプレゼントしたいと思います。

あと、お茶が好きなので、名前とメッセージを彫刻した湯呑みもプレゼントしたいです。

この湯呑みは、お祝いを探しているときに、インターネットで偶然見つけたんですが、完全に一目ぼれでした。

母は仕事で忙しくイライラしていたのもあり、私にとって近寄りがたい母親でした。でも娘が生まれてからは、孫にでれでれで見たことのないような姿も見られるようになりました。

愛情表現が下手な母親でしたが、ずっと働いてきてくれたことに対して感謝の気持ちを伝えたいと思います。

私が娘の母親になり専業主婦をしていますが、家事や育児だけでも大変なので、女性が三人生み正社員で働き続けることは本当に大変だったと思います。そんな母親に心からお疲れ様でしたと言いたいです。