定年退職祝いのプレゼントを紹介しています。定年退職される方のお名前やメッセージを彫刻した世界に一つのオリジナルギフトが人気です。文字を彫刻することで、いつまでも色あせることがありません。また、定年退職祝いのエピソードを紹介しています。

主人がめでたく定年退職を迎えたら

まだまだ当分先の話ですが、

主人がめでたく定年退職を迎えたら私は何をお祝いにするのでしょう。

もちろん、家族でお祝い会はするでしょう。彼の好きな食べ物を用意して、長年の労をねぎらうのだと思います。

そして、何をプレゼントするのだろうと考えました。まだわからないけれど、新しい人生が始まるであろう主人に素敵な普段着と歩きやすい靴をプレゼントしたいなと思います。

ビジネスマンの制服だったスーツは卒業です。窮屈な革靴だって我慢して履く必要はなくなるのです。

今は、自分のことは後回しでいいといい加減な格好で休日を過ごす主人。子供の塾の費用や習い事にお金がかかることを言い訳に、ついつい主人の言葉をうのみにしてしまう私。

でも、定年退職で一気に老け込んでしまうのはとても残念です。新しい洋服、それもなるべく若々しい装いで新しい人生を踏み出してほしいと思うのです。

歩きやすい靴を履いて颯爽と歩いてほしいのです。その風景は、それまでとは違うものに見えるかもしれません。

時間に追われ、上司に気を遣い、部下を育て・・・、そんな気苦労から解放されるのはどんな気分なのでしょうか。

ただの散歩でさえ清々しい気分になってもらいたいと思うのです。あと、ウイスキーが好きなので、イニシャルを彫刻したバカラグラスもプレゼントしたいと思っています。

バカラのオリジナルのマイグラスっていい感じじゃないですか。そんな定年退職を無事に祝えるよう、私は主人の健康管理に気を付けながら支えていきたいと思います。

結婚生活も10年を迎え、

何となく人生が見えてきたような気がする40代。定年退職のお祝いもそう遠くない未来のような気がします。

60歳の定年退職での円満退職

お世話になった会社の方(甲さん)の退職に際して、会食の機会を作りました。60歳の定年退職での円満退職のお祝いでした。

ながらく会社の機関事業の不動産関連業務に携わっていた方で、多くの成果を残されてきた方です。最後の最後まで現場で実務をこなしておられました。

私の会社は定年間近になると周囲も自身も「ご隠居さん」扱いしてしまってきちんと仕事される方が少ないです。ほとんど仕事らしいことをしなくても許されてしまう、ゆるーい職場です。

そんなゆるい状況に甘んじてしまう人が多い中、甲さんは違いました。会社と行政との間にたっての難しい交渉に尽力され、両者にとって最大の利益がもたらされるように、厳しい条件をひとつひとつクリアして大型案件を締結させていました。

そんな甲さんとともに働いてきた3人(私を含む)と甲さんの4人で退職祝いの食事会を開きました。甲さんの馴染みの店を会場にして、楽しい食事会になりました。お店のマスターと女将さんは甲さんの好物を中心に献立を考えてくれていて、特別なワインをプレゼントしてくれました。

食通の甲さんが通っていたお店だけあって、料理がとっても美味しかったです。鴨肉のローストがメインだったのですが、私は鴨肉が大好きなので、これがすごく嬉しかったです。

ゆっくり時間をかけて食事した最後に、甲さんに花束を贈呈しました。甲さんはすごく照れていらっしゃいましたが、喜んでくれました。

私が会計を済ませていたのですが、甲さんはご自分がみんなにご馳走するつもりだったらしく、マスターにお金を渡していて、マスターから「もう代金はいただいております」と言って断られていました。

翌日、通常勤務の日でしたので出社してメールチェックすると、甲さんからお礼のメールが届いていました。

退職祝いの会を開いてもらえて嬉しかったこと、会のメンバーと一緒に仕事できて嬉しかったこと、最後に花束をもらって胸に迫るものがあったことを書いてくださっていました。

お礼状としてのメールをもらえて、私まで嬉しかったです。

叔父さんへ家族でプレゼント


退職する叔父さんに、何か記念に家族でプレゼントしようと言うことになりました。


でも厄介なことに、この叔父さんは多趣味ですしお金持ちですから、大体のものはなんでも持っています。

私と弟と両親で、ない知恵をしぼって考え始めました。最初に手を上げたのが母でした。

「私はロッキングチェアみたいな、寛ぐときのイスみたいなのが良いと思うな。」確かに叔父さんはこのロッキングチェアは、まだ持っていませんし辛うじて置き場所もあります。

すると、父が言いました。「兄さんは確か、乗りも酔いするはずだぜ。俺はゴルフバックが良いと思うな。何だか破れてるのに買わないでもう何年も使っているから。」と、

あれやこれやと意見はでましたが、今一つ決め手になるものがありません。

また、これが良いと言うものがありますが、叔父さんは高価な良いものを大切に使うタイプなので、かなり予算がオーバーしてしまうのです。

本当に困り果てて弟に何かないかとせっついた私に、自分はいつも叔父さんからお古を譲られているばかりだから、さっぱり思いつかないし何でもある人だからと頭を抱えています。

そこで私に白羽の矢が立ちました。少し考えてから、何か実のなるような木の「ゆず」とか「レモン」などをプレゼントしたらどうかと提案しました。

叔父さんは焼酎のオンザロックが好きですし、自分の庭で実った果実を絞って焼酎に入れて飲んだら格別ですし、またあのときの記念にもらった苗木がこんなに育ったと、思い出してもらえそうだったからです。

この意見は満場一致で可決されました。

「叔父さん、退職祝いです。長い間、お疲れ様でした。」

定年後はリセットして新しい人生

長年、家族を支えてきたお父さんが定年退職になりました。

私達は成人になり、社会人生活をしています。私も社会人生活をしてみると、いろんなつらい目に沢山あいます。やめたい気持ちは毎日のようにおきてます。

そういったことを我慢し、家族のために働いてくれたお父さんを改めて尊敬しています。お父さんの退職祝いは、お母さんとお父さんの北海道旅行を企画しました。

今までは、まとまった休みが少なかったので長い旅行はできませんでした。もともとは二人とも旅好きで、出会いも旅先、北海道のゲストハウスだった二人です。

その思い出の北海道旅行をプレゼントしたわけです。お父さんは40年近く、我慢して勤めてたかもしれませんが、いろんな意味で心残りや悔しさもあるかもしれません。

それらをリセットして、新しい人生を歩んでもらうための旅行なんです。


お父さんは退職してから、しばらくはなんだか落ち着きがないようです。


仕方ありません。40年の生活スタイルがガラッと変わるわけですから。

来週から旅行なので、思いっきり気持ちをリフレッシュしてきてほしです。今回の旅行はお母さんもとても喜んでいます。ただ心配事もあります。

それは、旅行期間がなんと1ヶ月なんです。私たち子供からの奮発したプレゼントなんです。60歳を過ぎた老夫婦が絶えれるか、心配もありますが、楽しく過ごせるように祈るばかりです。

頑張って働いてくれた二人の残り人生へのご褒美です。何より健康で人生楽しむ姿勢をいつまでも持ち続けてほしいと思っています。

今日もお父さんとお母さんは旅行のために買い物に出かけるみたいです。昔を思い出しながら、これからも末永く健康で仲良く。

義父の定年まで勤め上げた誇り

何年か前に義父の定年退職のお祝いをしました。

アイデアを出したのは義妹でした。義父の会社は60歳の誕生日月の月末に定年することになっていたので、60歳のお誕生日に食事をごちそうし、長年のお仕事お疲れさまという意味を込めてプレゼントを用意しました。

食事の場所はホテルを選びました。中華料理のコースであらかじめ予約をしておきました。プレゼントは、これから時間ができて旅行なども増えるだろうと思い、歩きやすい靴とショルダーバッグにしました。

合計で15000円程だったと思います。義父はプレゼントも食事も大変喜んでくれていました。

いわゆる団塊の世代で、仕事や付き合いばかりでなかなか子育てに参加できなかったことを少し悔やんでいましたが、立派に定年まで勤め上げたことを自分なりに誇りに思っているようでした。

そういった義父を主人も義妹も尊敬しているようなのでお祝いをやって良かったと思いました。

私の父は、早期希望退職でしたのでそういったお祝いをしてあげることができませんでした。やはり、会社の規定通りの「退職」というのに、やり遂げたような達成感があったのではと今では思います。

父の日や敬老の日などと違って「定年」という日が決まっていないので、プレゼントや食事をするところ、プランなどに迷いました。

例えば、専用のプランとかあれば、決めやすかったのになと思います。また、最近ではお疲れさまの意味を込めて夫婦での旅行をプレゼントするのも良かったかなと思っています。

父は本当に偉大だなと思います

父が定年退職を迎えました。勤続45年、お疲れ様でした。

定年した後も働く気満々の父で、すでに次の就職先も決まってしまっています。

子供も独立してるんだから、母と一緒にゆっくりしたら?なんて私と姉で話してみたんですが、父曰く、急に仕事しなくなったら早くぼけそうだし、なにより体を動かしていないと早く病気になりそうだ、とのこと。

仕事嫌いで、とにかく最小限の働きしかしたくないと思っている私にとって、なんと眩しい発言なんでしょう。

ただ、それだけ仕事に徹しながらも、私たち家族のことをしっかり見守っていてくれた父は、本当に偉大だなと改めて思います。

今思えば、休日は必ずと言っていいほどどこかへ出かけていました。毎日仕事で大変な中、本当にありがたいことです。

そんな父に対して感謝の気持ちと、少しばかりの休暇をということで、私と姉とで資金を出し合って、父と母と私と姉、久々の家族水入らずで旅行に出かけようという話になりました。

退職祝いという意味もかねて、父にはゆっくりしてもらいたいものです。場所は、実家から車で15分ほどの(近っ)温泉宿です。

よく日帰りで温泉だけ浸かりに行っていたんですが、いつか宿泊してゆっくりしたいねなんて話してたのを思い出し、姉とこの宿に決定しました。なんでも鴨鍋が名物なようで、私も結構楽しみにしています。

父には退職の記念に旅行行こうかと提案したら、まだまだ働くんだから退職のお祝いなんてまだ早い、

なんて言っていましたが、素直に了承したところを見ると、喜んでくれているんだと思います。

定年後もつながりがあるように

父の退職の祝い品は、会社の部下一同からの電話機でした。

めっぽう機械に弱い父は、テレビのリモコンも躊躇するほどの機械音痴です。電話もなったら取るのが精一杯で、留守電機能も使いこなせませんでした。もう、配線がつなげられないのでと、黒電話とさよならした時は、なんとも不安そうな様子でした。

実家は、よくある簡単な電話機でしたが、黒電話とさよならして、プッシュホンになってから、父はあまり電話をかけようともしなかったのです。鳴るたび、玄関先にある電話機まで、面倒くさそうに応答しに行っていました。

そんな父の、退職祝いに電話機。父は、はっきりいって嬉しくなさそうでした。なんでこんな物を、今のだって充分使えてるのに無用の長物だよ。と、箱から出す事もなくそのままにしていました。

しばらくしてから、不幸にも父が入院する事がありました。退院して自宅療養という時に、家に箱のままおかれていた電話機を見つけて、今ある物と取り替えてみました。

余計な事するなよと、機械の配線がお前にわかるのかと不安がりながら、見守っていましたが、その機種には子機が二つついていたので、一つを父の寝室に置きました。

父が入院した事を、聞きつけた人たちが、いろいろ電話をしてきてくれました。退職してから、あまり、人と交流がなかった父ですが、心配して電話をかけてきてくれる人たちに、嬉しそうに話を何時迄もしていました。

あんなに、苦手がっていた電話を、なるなが待ち遠しいかのように枕元に子機をおいて構えている父をみて、

退職しても、みんなとつながりがあるようにと、会社の部下一同からの思いだったのだろうと感じました。

定年は夫婦でお疲れ様の記念日

私の父が会社を定年退職したときの話です。

最後の出社の日、母は父の好物ばかりのメニューの夕食を手作りしていました。父の好きな吟醸酒も用意して、家でささやかな「おつかれさま会」をすると言っていました。

私はすでに結婚して別の家に住んでいましたが、比較的実家に近かったので、仕事の帰りに寄ろうかなと考えました。

けれど妻に「こういうときは夫婦2人水入らずのほうがいい」と言われ、それもそうだと思い、行くのはやめました。

父は私が生まれる前から会社に勤めていたわけです。父の会社勤めの苦労を一番よくわかっているのは母ですし、父を支え続けてきた母にとっても「おつかれさま」の記念日。

妻の言うように、

2人だけでしみじみ杯を傾けるのが、一番の退職のお祝いになるでしょう。

ただ、私も父に何か記念になるお祝いを贈りたいと考えました。

当時、私は子どもたちがまだ小さく、給料も高くありませんから、高価なものを贈ることはできません。また、父も息子から高価な品をもらいたいとは思わないでしょう。

何を贈ったらいいか迷いました。それで母に相談したら、さすが夫婦です、最適の祝い品を教えてくれました。それは懐中時計です。

「定年になったら、もう時間に縛られることはなくなるんだな。腕時計を見ない生活に変わるんだな」、父は母にそんな話をしていたというのです。

現役サラリーマンの私には考えもしないことでした。それで母は「腕時計から懐中時計の生活に変えたら、お父さんの気持ちもあらたまって、セカンドライフを楽しんでくれるんじゃないかしら」とアドバイスしてくれたのです。

さっそく懐中時計を買いに行きました。腕時計と違っていくらぐらいするのか見当もつきませんでしたが、意外に手軽に買えることがわかりました。

ちょっとアンティークっぽいデザインのものを選び、事前に母に渡して置きました。2人だけの「おつかれさま会」のときに母から渡してもらうためです。

母は「メッセージカードを添えたら?」と言いましたが、そんな照れくさいことはとてもできませんし、父も照れくさいだけでしょう。

その夜、父から電話がかかってきて、お礼を言われました。父から直接「ありがとう」と言われたのは、そのときが初めてです。贈ってよかったと思いました。

長年勤めた会社を退職する気持ち

数年前、

義兄が中学卒業後からずっと勤めていた会社を定年退職しました。

兄弟で相談して、そのお祝いとして、記念品を贈るのではなくみんなで祝いの会を開くことにしました。

場所は、義兄の故郷である地元のホテル。ここに兄弟4人の家族が集まり、飲んで歌って楽しんで、みんなで一泊しました。

それぞれ地元や東京と離れて暮らしているし、仕事もあって忙しい身です。なかなか一堂に会することは難しいものです。機会があっても冠婚葬祭ぐらいのものですが、これもゆっくりは出来ません。

だから、この時は主人を含む実の兄弟も久しぶりに全員で集まることが出来て、お祝いの本人だけでなくみんなにとって楽しい思い出の残る記念の祝いの会になったようです。

お祝いというと、何にしても贈るものについては頭を悩ませます。贈る側としては、贈られる本人が喜んでくれるものを探したいと思うもの。

でも、それが本当に難しい。一番いいのは、本人に何が欲しいか聞いてみることです。ただ、人によって希望は色々あるとは思います。

苦労しながら長年勤めあげた会社を退職する気持ちは、感無量でしょう。その苦労を労うようなもの、そんなものを贈りたいものです。

そして、来年は義姉が定年を迎えます。ものではなく、やはり兄弟で開く祝いの会を希望しています。

それは楽しみにしているようで、昨年からすでにその話をしています。義姉も学校卒業後から、結婚・育児をしながらずっと勤め続けた仕事です。お疲れさまでしたと、美味しい食事と楽しい話で、兄弟そろって労いたいと思います。

定年は本人にしたら人生の一大事

「退職」は人生で最も大きなイベントです。

それまで何十年間も続けてきた仕事が終わり、残りの人生で「やらなければならないこと」がなくなる瞬間でもあり、自分の好きな事を好きなようにできるようになる瞬間でもあるからです。

そんなイベントですから、本人にとっては今までのことを走馬灯のように思い出すのと同時に、これから何をしようか、どんなことに時間を使おうか、ということを考えるワクワク感で一杯なのではないかと想像しています。

また会社としても、それまで何十年と努めて、会社のためにアウトプットしてきてくれたお礼や、これからも新しい人生を楽しんでほしいという思いを込めてプレゼントをする、という意義があります。

ここで気をつけたいのが、そのような大きな意義とギャップのあるお祝いにならないようにすることです。

本人としても、会社としても重大な一瞬なのに、お祝いとして渡されたものがその辺の雑貨屋さんで買った様な粗品だったらどうでしょうか。

もらった本人としても、何か渡さなきゃ、という「義務感」で選んだ事が伝わってしまうような内容だと、お互いに気持ちのよい「お祝い」にはできないと思います。

値段の問題ではありませんが、上記の意義をふまえた上でのプレゼント(たとえば今まで関わった人たちからの一言カードでも良いと思います)があると、もらった本人の気持ちとしても

「いままで頑張った」「よい思い出になった」「これからも人生を楽しもう」

という気になるのではないかと思います。

送り出す側からしたら毎年のようにある恒例行事ですが、本人にしたら人生の一大事だ、ということを考えた気遣いができると、お互いに気持ちが良いのではないでしょうか。