定年退職祝いのプレゼントを紹介しています。定年退職される方のお名前やメッセージを彫刻した世界に一つのオリジナルギフトが人気です。文字を彫刻することで、いつまでも色あせることがありません。また、定年退職祝いのエピソードを紹介しています。

一番嬉しいプレゼントだった

父親が定年を迎えた時、家族で退職祝いとして外食に出かけることにしました。

その日、花束を持って帰ってきた父の姿を見て、会社の人も祝ってくれたのかと嬉しくなりました。我が家は貧乏だったので、出前や外食はほとんどなく、外食というのはよほどのことで、主催者の母親にとっては夫への最高のプレゼントのようでした。

父は「家でゆっくり酒が飲みたい」と照れていましたが、お寿司屋さんへ行きました。母は父にいつも「ビールは1日1本(大瓶)まで」と節約を促していましたが、その日ばかりは「好きなだけ食べて飲んでいいよ」と。

お店の板長さんが、定年退職と知って、鯛の煮つけをサービスしてくれたことが、とても有難かったです。何より「おめでとうございます、お疲れ様でした」と初めての客に言葉をかけてくれたことが嬉しかったです。

身内で退職のお祝いをしたのは父だけでしたが、その後、会社で世話になった先輩が定年退職することになり、私が幹事に指名されました。

先輩は身内の借金に苦労した人で、余計な出費を好まず、「花とか記念品はいらない。送別会も辞退したい」と公言していました。

そこで、退職の日は会社の会議室にお酒と軽いおつまみを用意して小さなパーティー形式にしました。先輩は「やっぱりやってくれたのね。みんなに時間をとらせちゃってごめんね」と照れていました。

その後、先輩と私は「最後は2人で乾杯しようね」と約束していたので、予約した店に行きました。私はそこにサプライズとしてOGを呼んでいました。先輩がいつも「どうしてるかなぁ、元気かなぁ、会いたいなぁ」と言っていた人です。

再会時は若い女性の悲鳴のような状況でしたが、夜遅くまで盛り上がりました。先輩に

「いろんな人にお祝いをしてもらったけど、一番嬉しいプレゼントだった」

と言われ、とても嬉しかったです。自分自身も形式的な退職のお祝いは辞退しようと思っています。

定年のお祝いは月並みです

退職祝いという事ですが、私の場合は定年退職でありまして、

会社を去るその誕生日に合わせて、各月別で、午後3時に、社長室呼ばれて記念品と感謝状を頂きました。次いで職場においては、午後5時40分過ぎより、簡単な式らしい事をして頂きました。

それはビルの一室の職場で、約30名足らずが広い場所に集まりまして、内容的には約一ヶ月前に、営業部で何か贈り物をさせて頂くので、これこれの価格でいい品物を決めて下さい、との依頼が事があり回答しておきました。

一応責任者より話しがあり、贈り物と花束を頂きました。次いで私から、それなりのお別れと、お礼の挨拶をさせて貰い終了いたしました、まあ15分位でした。

それから直接の職場の人7名と、幹部3名とで場所を変えて、料理さんで一席を儲けてくれておりましての食事会となりました。それが終了すると、連れ合う男5名で行きつけの別のお店の、アルコールを楽しみタクシーで帰りました。

これは勤務先での出来事でありまして、毎回同じようなパターンだと思います。次いで自宅では次の金曜日に、子供孫含めて5名にて、あるホテル内の一応滅多に行けない、高級焼肉店を予約しておりましたので、それなりの内容の食事をしました。

何十年と働いた会社を、卒業するわけですから、まあ、2~3ヶ月前から何かと話題になり、社内外でも集まって飲んだり食事したりが多くなりました。

このように私の

退職祝いはこれ位の事でありまして、皆さんはもっと素晴しい内容かと思いますが、まあこれが月並み位かとも思っております。

お祝いを来年も贈るのでしょうか

私の実父と義母は同い年です。

そのため同じ年に還暦を迎え、仕事も定年退職することになりました。

何かお祝いを・・・と考え、実父はお酒が好きなので焼酎を、義母にはユリの花をプレゼントすることにしました。

インターネットで手配しようとしましたが、気づけば3月の下旬・・・焦った私は急いで焼酎とユリの花を検索しました。両方「退職祝いのプレゼントにおすすめ」という商品が見つかりました。

焼酎はメッセージカードを入れることができず、一度自宅に宅配してもらって、手書きのメッセージカード(「お父さん、長い間家族のために頑張ってきてくれてありがとう」と書きました)を入れてから、実父宅へ発送しました。

義母へのお花は、小さなお菓子とセットになっていたのですが、お店の手違いで在庫がなくなってしまい、最初に注文したものとは異なるお菓子を同梱してもらいました。

どちらにも、なんとか3月中に贈ることが出来ました。「着いたよ、ありがとう」と実父からお礼の電話をもらいました。実は、実父の会社では昨年の秋が正式な退職の時期となっており、会社としてはもう「定年退職」という形になっていました。

ですが、実父のポジションの後任がまだいないため、正社員とは違う扱いで、今も会社で今まで通り仕事をしています。なので「今までお仕事頑張ってくれてありがとう、これからもよろしくね」と伝えました。

義母からも電話があり、たまたま在宅していた夫が電話に出ました。一通り会話が続いた後「え?そうなの?」という声。電話を切った夫から話を聞くと「退職は来年」ということでした。

私は知らなかったのですが、

実父の会社では60歳になる前に定年退職、公務員の義母は60歳になってから定年退職だったそうです。

知らなかったとはいえ、何もないときに贈り物をしてしまった私・・・来年は、贈るべきか・・・でも今年贈ってしまったし・・・と、今から悩んでいます。

父と思い起こせる素敵な思い出

父の定年退職祝いは、母とわたしと妹と家族みんなで考えて決めました。

退職日当日は父の大好きな中華料理屋さんで食事をしました。前もってコースを予約していたのですがお店の人に事情を説明して、メニューも特別に変えてもらえました。

父は会社でのみなさんの見送りが相当感慨深かったのか、思い出しては何度も声を詰まらせていました。あまり食事はすすんでいないようで、ただ胸いっぱいの思いと家族のやさしさと少しのお酒だけでその日は嬉しかったようです。こちらも嬉しかったですが、料理の感想はあまりありませんでした。仕方ないなと母と笑いました。

それから2週間後ぐらいに、予定していた京都への旅行に家族で行きました。父が学生の頃京都に住んでいて、いろいろと思い出の地であることは知っていたのでぜひ連れて行ってあげたかったのです。

せっかくですからお金は惜しまずに品の良い離れのある高級旅館にしました。部屋に内風呂もあります。母と父で一部屋、わたしと妹で一部屋にしました。

翌日の京都観光は数十年ぶりなようで子供みたいにはしゃいでいました。自分が学生の頃はと何度も思い出話をしてくれました。

贈り物に時計やカメラなどものも考えたのですが、それは後でも買えるので記念に残る思い出として元気なうちに旅行をしておきたかったのです。

まだまだ健康だとは思いますが、いつ病気になるか事故に遭うかも分からない、

思い起こせる素敵な思い出を共有できるのが一番の定年退職祝いだと考えました。

父もこちらの気持ちを汲み取ってくれて喜んでくれました。素敵な退職のお祝いになったと思っています。

定年を迎える父へ感謝の気持ち

今年の秋に、父がいよいよ定年退職を迎えます。

そして、退職したら両親と私達子供世帯皆で、父が一度行って見たいと言っていた、九州の高千穂へ旅行に出かけようという計画をしています。

兄の所にも、私の所にも、子供が2人ずついるので、基本的な旅行費用は折半しようという話になり、3年前から兄と私とで家族旅行用の積み立てを始めました。

旅行の話は、母は知っているのですが、父には、退職祝いとして、当日の夜に行うパーティでサプライズで教えることになっています。当日が金曜日なので、皆で実家に集まりパーティをするのです。

料理は、母と私とで準備し、兄がアルコールを持って来てくれることになっています。お酒は父の大好きな高級日本酒を持ってきてくれるようです。そして、うちの子供たちに、祝・退職と書いたボードと広告で作ったチェーンを作ってもらい、孫達から父の似顔絵も書いてもらって渡してもらう予定です。

兄の嫁さんはそこまで退職だからと言って、盛大にやらなくてもと思っているようですが、私達がそうしたいのには理由があります。

父は40代後半の時に、事故で障害を持ってしまいました。一時期は生死をさまよっていたので、生きていてくれて本当に良かったとは思いますが、障害をかかえたことで、とても苦労をしました。

職場でも、障害を抱えてしまったことで、いろいろ辛い目にあってきたようです。

当時は、兄も私も学生だったので、父としては自分が働いていかないと私達に苦労をかけるという思いがあったようで、定年まで職場でどんなに辛い目にあっても、石にかじりつくつもりで頑張ると強く思ってくれていました。

そして、いろいろありつつも障害を乗り越えてなんとか仕事もこなせるようになり、無事に定年を迎えることができました。

私も兄も、父がリハビリを毎日頑張っていた姿を知っていたので、人一倍家族のために頑張ってくれた父に、感謝の気持ちを表すのにできることはなんでもしてあげたいという気持ちなんです。

なので、

父が定年を迎える時には、父がいっぱい喜んでくれることをしたいと思っています。

感謝の意味を込めたプレゼント

私は、

職場の上司、同僚、お友達に、数年間勤めていた職場で、「退職祝い」を贈ってきました。

とても印象に残っているのが、上司が定年退職をする時に贈ったプレゼントです。

職場の人と話し合って、趣味で盆栽が好きな方だったので、定年後に今度は人材を育てるのではなく、盆栽を育てて下さいと、盆栽を贈りました。

感謝の意味を込めることが出来た素敵なプレゼントになったと思っています。盆栽もこだわりのある方は、話をしているだけで楽しそうです。植物にも毎日の水やりに声かけするだけで成長も違うらしいです。

長年、人材育成に貢献された上司だけあって、退職されるのは寂しいものです。上司としての存在感がとてもある信頼できる方でした。

上司を信頼されている部下の方々で、上司の「退職祝い」の会を設けました。お祝いには、花束を年の数だけ色とり鮮やかな感じで選びました。そして盆栽です。お料理も、懐石料理のコース料理をみんなで奮発しました。それから、みんなの寄せ書きと仕事ぶりを写真でとっておいたものを添えてみました。意外な贈り物に驚きと感動をしていました。

まだ、退職したくないとまでおしゃっていました。そんな上司からも、感謝の意味をめて、職場の方全員に、ハンカチセットとお菓子をお返しでいただきました。そのハンカチも、皆さんのことを考えられて、ひとつ、ひとつ選ばれた感じです。

きめ細やかな配慮が、とてもその上司の方らしいと思いました。メッセージも添えられていました。

後日、

感謝の気持ちを添えたハガキもいただいて、幸せそうな退職生活を送られているようです。

母の定年に御礼は私が言う言葉

先日、母の定年退職祝いでした。

母もそんな年になったんだなと、感慨深く思いました。

うちは父が亡くなっているので、長らく母が家の家長でした。母は長く仕事をし、頑張って私たち家族をささえてきてくれました。熱が出てキツい時も、どんな天候の時も、絶対仕事に行く人でした。

小さいころはそんな母に対して「遊んでくれなくて面白くない」と思っていたのですが、私も家族をもって改めて母の偉大さを知った気がします。私の抱いた感情は子どもなら持つものかもしれませんが、そこから少し気遣うといったところまで考えが及ばなかったのは残念です。専門職だったので、特に仕事は大変だったと思います。

お祝いの席でほくほく顔の母に、子どもや親戚一同からのプレゼントをしました。それは旅行です。以前から行きたいと話していた温泉宿までの飛行機のチケットと、温泉宿のパンフレットを渡すと、とても喜んでくれました。

「ありがとう」と言われ、それは私が言う言葉だと返しました。長い間、家族のために犠牲になってくれた母には、これからは自由に生きて欲しいと思っています。

まずは温泉宿にでも泊まって、ゆったり過ごして欲しいと思っての定年退職祝いのプレゼントでした。

そして、こんな生活も悪くないと思って欲しかったのです。他で仕事を続けたい様子でしたが、私としては十分に財産もあるのだし、ゆっくり自分のために時間を使って欲しいですね。そのためには、子どもたちでできることをするつもりです。