退職祝い|定年は夫婦でお疲れ様の記念日

私の父が会社を定年退職したときの話です。

最後の出社の日、母は父の好物ばかりのメニューの夕食を手作りしていました。父の好きな吟醸酒も用意して、家でささやかな「おつかれさま会」をすると言っていました。

私はすでに結婚して別の家に住んでいましたが、比較的実家に近かったので、仕事の帰りに寄ろうかなと考えました。

けれど妻に「こういうときは夫婦2人水入らずのほうがいい」と言われ、それもそうだと思い、行くのはやめました。

父は私が生まれる前から会社に勤めていたわけです。父の会社勤めの苦労を一番よくわかっているのは母ですし、父を支え続けてきた母にとっても「おつかれさま」の記念日。

妻の言うように、

2人だけでしみじみ杯を傾けるのが、一番の退職のお祝いになるでしょう。

ただ、私も父に何か記念になるお祝いを贈りたいと考えました。

当時、私は子どもたちがまだ小さく、給料も高くありませんから、高価なものを贈ることはできません。また、父も息子から高価な品をもらいたいとは思わないでしょう。

何を贈ったらいいか迷いました。それで母に相談したら、さすが夫婦です、最適の祝い品を教えてくれました。それは懐中時計です。

「定年になったら、もう時間に縛られることはなくなるんだな。腕時計を見ない生活に変わるんだな」、父は母にそんな話をしていたというのです。

現役サラリーマンの私には考えもしないことでした。それで母は「腕時計から懐中時計の生活に変えたら、お父さんの気持ちもあらたまって、セカンドライフを楽しんでくれるんじゃないかしら」とアドバイスしてくれたのです。

さっそく懐中時計を買いに行きました。腕時計と違っていくらぐらいするのか見当もつきませんでしたが、意外に手軽に買えることがわかりました。

ちょっとアンティークっぽいデザインのものを選び、事前に母に渡して置きました。2人だけの「おつかれさま会」のときに母から渡してもらうためです。

母は「メッセージカードを添えたら?」と言いましたが、そんな照れくさいことはとてもできませんし、父も照れくさいだけでしょう。

その夜、父から電話がかかってきて、お礼を言われました。父から直接「ありがとう」と言われたのは、そのときが初めてです。贈ってよかったと思いました。

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